『家族という病』:下重暁子

誰にでも、大小はあるにしても人には話せない家族の悩みがあるでしょう。友達と笑っているときも、心の隅に潰瘍のように張り付いている。
子供が親を殺す、親が子供を殺す。家族間の殺人事件が毎日のように報道されている。きまって「仲の良い家族でした。よくご家族で散歩しているのを見かけました」などと近所の人がインタビューに答えている。家族という固い殻のなかにある「家族のストレス、病」は、他の人には見えない。
『家族という病』
下重暁子の『家族の病』が売れているようだ。著者は、自分と家族(亡くなった両親、兄)との関係 ・確執を、私小説のように赤裸々に語ることによって、「家族だから分かり合える」、「家族だから許される」、「家族だから耐える」、そんな日本特有な家族編重主義に苦言と、問題を提起している。
「家族団欒という幻想ではなく、一人ひとりの個人がを取り戻すことが、ほんとうの家族を知る近道ではないのか」。確執の家族関係にあった著者だからこそ、家族盲信社会の危うさが見えるのでしょう。
時に、からまった糸を断ち切るよう、距離を持って冷静に見合うことが良い、ということでしょうか。
目次を紹介します。
序章:ほんとうはみな家族のことを知らない
第1章:家族は、むずかしい
- 家族を盲進する日本人
- なぜ事件は家族の間で起きるのか
- 結婚出来ない男女が増えたわけ
- 子離れが出来ない親は見苦しい
- 仲の悪い家族の中でも子はまっとうに育つ
- 大人にとってのいい子はろくな人間にならない
- 家族の期待は最悪のプレッシャー
- 遺産を残してもいいことは一つもない
- お金が絡むと家族関係はむき出しになる
- 夫婦でも理解し合えることはない
第二章 家族という病
- 家族のことしか話題がない人はつまらない
- 家族の話はしょせん自慢か愚痴
- 他人の家族との比較が諸悪の根源
- 夫のことを「主人」と呼ぶ、おかしな文化
- 「子供のために離婚しない」は正義か
- 「結婚ぐらいストレスになるものはないわ」
- 女は子供を産むべきか
- 子供が欲しくても出来ない女性に「子供を産め」は過酷
- 家族に捨てられて安寧を得ることもある
- 孤独死は不幸ではない
- 家族の墓に入らない人が増えている
- 結婚しなくとも他人と暮らすことが大事
- 家庭のアルバムが意味すること
- 家庭ほどしんどいものはない
第三章 家族を知る
- 介護で親子は互いに理解する
- 親は要介護になってはじめて弱い姿をわが子に見せられる
- 家族はなぜ排他的になるのか
- 家族という名の暴力
- 家族に迷惑をかけられる喜びもある
- 知的な家族ほど消滅する
- 一番近くて遠い存在が家族
- 二人きりの家族
- 家族写真入りの年賀状は幸せの押し売り
- 家族に血のつながりは関係ない
第四章 旅立った家族に手紙を書くということ
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家族を知ることは自分を知ること 亡くなった「父への手紙」、「母への手紙」、「兄への手紙」、そして「私への手紙」を紹介しています。 結局私は父や母や兄を知りたくて手紙を書いたのではなくて、私自身を知りたかったのだと言うことを悟った。家族を知ることは自分自身を知ることだったのである。そして自分がこの世のどこに位置しているかを確かめるためでもあったのです。